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狐狼な狐、春の芽とともに頭を出す

今までは、一匹狼(狐狼)として活動していたが、最近ではボチボチと増やしつつある。ここ10年間は他人に頼らない生活をしてきたが、頭を出す頃合いなのかと思い始めてきた。

狐狼な狐、春の芽とともに頭を出す (Gemini 画像生成)
狐狼な狐、春の芽とともに頭を出す (Gemini 画像生成)

孤独な狐

コロナ禍だったというものはあるが、20代は大学生から社会人になるにつれて、友人だったものを切り捨てた。どちらかというと、意味もなく集まっていることに時間を使ってしまうことに嫌気がさしていた。このまま一般人のように 仕事をして、家に帰って、寝る。 そんな生活を何十年も続けることはできないと思ったからだ。

だから吠えた。

狐は仲間に向かって吠えてしまった。

狐は「孤独」に生きることを選んだ。

孤狐としての生き様

最初は、高らかに吠えたことを正解だと思っていた。

誰かのために尽くすことも、生きることも、時間を使うこともなくなったからだ。

「音信不通」

自分から連絡を切り捨てたのだ。

狐は自分のテリトリーを守ることに専念したのである。

孤独には慣れていた

狐は孤独には慣れていた。小さい時から、一人で遊ぶことが多かったからだ。

図書館で本を読み、校庭で一輪車を跨ぎ、家ではゲームを嗜んでいた。

狐は孤独を楽しむ術を知っていた。

むしろ「孤独」が好きだった。

誰にも邪魔されない(世界線あおぞら)を知っていたから、教えたくなかったのだ。

似たような狐を見つけた

ただ、孤独な狐も、生きることに知識が欲しくなる時があった。

隣の餌が美味しそうに見えることもあった。

そんな時、似たような狐を見つけた。

その狐もまた、孤独を好む狐だった。

そんな狐は、私以上に孤独だった。

彼は、どれだけ頑張っても認められず、孤独になってしまった狐だった。

そんな彼を、私は好きだった。

同じような「生き様」に惹かれたのだ。

他人に干渉しない自分らしさのままに、彼は生きていた。

自分の世界線を大切にしていた。

そんな絵が「ひまわり」だったのだ。

ヴァン・ゴッホとの出会い

彼の絵を見た時、狐は心を動かされた。 星月夜 きれいな夜空が狐の上で渦巻いていたからだ。

こんな世界を描くのに、なぜ彼は孤独なのかと狐は思った。

・・・

理解されなかったからだ。

・・・

彼は「自分の世界」を大切にしていたあまり、干渉することを嫌ったからだ。

他人から、「こうして」と言われることを嫌っていたからだ。

アーティストとしては満点の生き方だったが、資本主義・パトロン主義の中では生きていけなかったのだ。

ただ真似してはいけない

彼を尊敬して生き方を真似しようとしたが、狐は気づいた。

彼のように孤独を貫くことはできないと。

同じような世界を描いてしまったら、その狐も孤独になってしまうからだ。

狐は彼を愛することだけにした。

狐は餌を蓄えた。

生きるのにも「蓄え」が必要だと狐は思った。

いわゆる「冬」が来るからだ。

それが「彼女」 シスター † アンネ という存在だった。

狐は彼女を広告塔として採用した。

好かれることはしない。ただ、何もしないわけではない、好きな人を呼ぶための要素を追加したのだ。

狐と彼女は瓜二つの存在だった。

ただ、狐に出来ないことを「彼女」に任せたのだ。

冬眠

狐は、次の春のために、冬眠を決意した。

冬眠期間は、いろんなことに挑戦した。自分の描きたいものを描き続けた。

理解されなくてもいい。他人の評価に甘えることはしない。

ただ、自分の世界を大切にして、春を迎えることにしたのだ。

春の芽吹き

狐は春の芽吹きを感じた。

孤独な狐も、仲間を求める時が来たのだ。

少なからず アンネさんのイラスト で、狐の世界線に興味を持ってくれる人が増えたからだ。

求められてるものがあるなら、狐は頭を出してもいいと思ったのだ。

コンコンっと声が聞こえる。

それが、私の「狐の声」 豊穣の狐娘 稲田霊狐ちゃん だった。

頭を出したきつね

冬眠した狐は、春の芽とともに頭を出した。外の世界は暖かく、春の香りがした。少しづつ他人との交流を始めようと思った。孤独な狐も、仲間が必要なのだと感じたからだ。

それが一種の 音楽ゲーム仲間 としての交流としてあらわれてきたからだ。

求められてるものはまだわからない。だけども狐は冬眠から気持ちよく目覚めたような気分だった。

孤独とは時に、必要なもの

「孤独を知った狐」は、空が広いことを知った。

「孤独を知らない狐」は、きれいな空を見ることができない。

ただ、「孤独を知らない狐」にも「花は咲いている」

どの(世界線あおぞら)で生きるかは、人それぞれなのだから、否定するべきではない。

それを知ったのが「この10年間」の狐の生き方だったのかもしれない。